【フジ子・ヘミング】彼女の魅力をプロが解説!
ドイツへ再び戻り細々とコンサートに参加していたフジ子・ヘミングさんですが、その演奏を聞いた音楽愛好家たちは何故彼女が表舞台に出てきていないのかとても不思議に思っていたそうです。
かつてクロイツァー氏やバーンスタイン氏をも魅了したフジ子・ヘミングさんの演奏は他のピアニストたちの演奏とどう違うのか?藝大ピアノ科卒のtobiさんが解りやすく説明してくれています。
tobiさんは動画の中で実演を交えながら、フジ子・ヘミングさんは一つ一つの音を奏でる時、その強弱やリズムをとても繊細にコントロールできることが魅力であると解説しています。またそのイメージは水彩画のような音楽であるとも評しています。
【フジ子・ヘミング】左右の聴力障碍を乗り越えた魂のピアニスト奇蹟のカンパネラ!日本への帰国と人生の転機
フジ子・ヘミングさんは母投網子さんの死をきっかけに日本へ帰国しています。母投網子さんは91歳で亡くなりましたが、投網子さんの家が売られてしまうのを見たくなかったフジ子・ヘミングさんはそのまま東京の投網子さんの家で生活を始めました。
そしてその家で親しい人の為にリサイタルを開くようになったそうです。
演奏を聴きに来る人達は徐々に増えていき家では収まらなくなったため、東京藝大のホールを使ってコンサートを開くようになりました。
そしてついにフジ子・ヘミングさんにスポットライトが当たり始めます。ドキュメンタリー作家の豊田慶子さんがコンサートを聴きに来ていたのです。
1999年2月、NHKのドキュメンタリー『ETV特集『フジコ〜あるピアニストの軌跡〜』が放映されました。
番組は視聴者から大きな反響を得てその後3か月で3回の再放送を行い、続編も作られました。
その後フジテレビのスペシャルドラマ『フジ子・ヘミングの軌跡』(2003年10月 フジコ役 菅野美穂)が放映され20.1%という高視聴率を記録しました。
【フジ子・ヘミング】左右の聴力障碍を乗り越えた魂のピアニスト奇蹟のカンパネラ!おわりに
NHKドキュメンタリー『ETV特集『フジコ〜あるピアニストの軌跡〜』が放映されたのはフジ子・ヘミングさんが66歳の時でした。そこから脚光を浴び多くのアルバム作成や著作の発行をされています。そして2023年まで毎年世界各地でコンサートをしていました。
しかし2023年11月に自宅での転倒し、以降の公演は療養の為キャンセルしていました。そして2024年3月にすい臓がんと診断されていたそうです。
そして、それでもすい臓がんの闘病をしながら復帰を目指してピアノの練習をしていたそう。
フジ子・ヘミングさんは母投網子さんから厳しい言葉を何度も何度も浴びせられています。それば今でいえば毒親とも呼ばれるような印象かと思います。
しかしあの太平洋戦争の時代、異国の血を引いている事がわかる容姿を持つ子ども達を連れて生活をする事は差別や不平等な扱いを受ける十分な理由だったようです。
疎開すら「異国の血の混じる子だから」という理由でなかなか許可されず、それでも粘り強く投網子さんは交渉し家族で岡山へ疎開できたそうです。そしてその1か月後に東京はあの大空襲にみまわれました。
2023年4月の『FRAU edu』のインタビュー記事でフジ子・ヘミングさんは
「母のことは、大嫌いで、大好き」
と語っています。
「今までもいろんな本を出して、ドキュメンタリーや映画でも、たくさんの過去を語ってきましたが、そこでも書ききれないほど、語り尽くせないほど、いろんなつらい思いをしてきました。ただ、いつからか、『私はひとりで苦労してきた』と思うたびに、脳裏に母の顔が浮かぶようになったのです。どんな困難にぶち当たったときも、『何くそ!』と前向きに生きる力を与えてくれたのは、やはり母だったんだな、と。
それから、自分が信じたことを貫く意思、本物の芸術をこの目で観て、この耳で聴いて、この体にその感動を記憶させることの大切さを教えてくれたのも母だったんだなと、今はつくづく思います」
FRAU edu 2023.01.28 フジコ・ヘミング「一度も褒めてくれなかった母から受け継いだ『前向きに生きる力』」https://gendai.media/articles/-/109574?imp=0
右耳は聞こえず、左耳も40%の聴力しかない状況でも繊細な音楽を奏で続けたフジ子・ヘミングさん。
その音への執着、執念には鬼気迫るものを感じます。まさしく「魂のピアニスト」という形容に納得してしまいます。
彼女の代名詞ともいうべき「ラ・カンパネラ」はイタリア語で「鐘」という意味です。フジ子・ヘミングさんの奏でる「ラ・カンパネラ」を聴くとその多彩な音色に、異国の大聖堂が次々と鐘を打ち鳴らしている情景が浮かんできます。
92歳まで様々な困難と闘い、それでもピアノに憑りつかれ素晴らしい演奏の数々を残されたフジ子・ヘミングさんへ感謝とご冥福を。


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