【フジ子・ヘミング】左右の聴力障碍を乗り越えた魂のピアニスト奇蹟のカンパネラ、無国籍、母との確執

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投稿日:2024年5月4日 | 最終更新日:2024年5月4日

【フジ子・ヘミング】左右の聴力障碍を乗り越えた魂のピアニスト奇蹟のカンパネラ!スウェーデン国籍の回復と左耳の聴力

父親のフリッツさんはスウェーデンのストックホルムで尊敬される建築家となり自ら設立した事務所の最高責任者になっていました。フジ子・ヘミングさんはウィーンでの地獄のような生活から逃れる為、その家を探し当て35年ぶりに父親を訪ねて行っています。しかし父親は不在でそこにはフジ子・ヘミングさんの見知らぬ叔母がいました。

父親とは結局そのまま会う事はありませんでしたが、その叔母が市役所へフジ子・ヘミングさんを連れて行き入国管理局の職員と交渉した結果、40歳で再びスウェーデン国籍を所得する事ができました。

その後2年間、フジ子・ヘミングさんは完全に沈黙してすごしました。

そして左耳の聴力は40%まで回復しました。しかし右耳の聴力は永遠に失われたままでした。

フジ子・ヘミングさんはまた16歳のあの時のようにピアノとの丁寧な対話を始めました。

【フジ子・ヘミング】左右の聴力障碍を乗り越えた魂のピアニスト奇蹟のカンパネラ!再びベルリンへ

フジ子・ヘミングさんは日本への帰国もしていますが、母投網子さんとはあまりいい関係を築けなかったようです。

母投網子さんは

「なんで私に迷惑をかけるの?日本には若く才能のあるピアニストがあふれてる。ここにはあなたの居場所はない。」

とフジ子・ヘミングさんを突き放しています。それでも母親がいなくて寂しかったフジ子・ヘミングさんは帰国しました。

帰国したフジ子・ヘミングさんに向かって母投網子さんは

「上手くいかなかったんだよね?なんでかわかる?なぜならあんたには心の底に大きな欠陥があるからよ」

と酷い言葉を投げつけています。

フジ子・ヘミングさんは日本に帰国した際、NHKに自分のキャリアを話し出演させてくれないかと交渉していますが、NHKからは返事がくることはありませんでした。

そしてその話を聞きつけた投網子さんは

「恥ずかしいわね。何もなしえなかった過去の人物の話を誰が聞きたいと思うのよ。」

とフジ子・ヘミングさんをなじりました。

そしてフジ子・ヘミングさんの帰宅が遅く朝目覚められないと、寝坊していることを責めながら

「性病ってどんな病気か知ってる?」

とフジ子・ヘミングさんを冷笑し、それに抗議しようとすると話をさえぎって

「私は正しいの、あんたは芯から腐ってる」

と言い放ちました。

その数日後フジ子・ヘミングさんはストックホルムへ戻りました。そして父フリッツさんからの電話を待ちましたが、彼から電話をかけてくることはありませんでした。

フジ子・ヘミングさんは父フリッツさんに自分から連絡しました。すると

「愛しているよ、また君に会いたいな」と言葉をかけてくれました。

ですが、すぐに

「でもノルウェーにスキーに行く計画があるんだよ」と言い放ちました。

待てども待てども連絡をくれなかった父に対する期待が、完全に打ち砕かれた瞬間だったのではないでしょうか。

その後フジ子・ヘミングさんはドイツへ戻り、教員をしたり、介護施設などで清掃の仕事をしたりしながらドイツ国内を引っ越しを繰り返しながらてんてんと移動してすごしました。そんな生活の中でニューヨーク、東京、ベルリン、ローマでの小さなコンサートに参加していました。

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