国枝慎吾さんの奥様、お名前は「愛(あい)」さんです。
国枝慎吾さんと愛さんは大学の同級生です。お付き合いを始めたのは2004年のアテネパラリンピックから。
その後、2011年に結婚し、2004年からずっと国枝慎吾さんの心身両面を支えてこられました。
愛さんはSNSに毎日食事を載せることを日課にしています。
実は愛さん、スポーツ選手に適格な食事を提供する「アスリート・フード・マイスター」の民間資格を取得しています。
2013年に野球の田中将大投手と結婚した里田まいさんがこの「アスリート・フード・マイスター」の資格をもっている事がその当時注目されました。その食事がおいしそうだった事から興味をもって資格を取得されたそうです。
「スポーツ選手の妻になるから!」という気負いからでなく、「美味しそうだったから」というなんとも肩にまったく力のはいってない感じがなんだかほっこりしますね。
いろんなものをまんべんなく食べるのが大事。野菜、肉、魚。時には、ピザにハンバーガー。絶対にダメなものはなく、楽しみを取り入れながら。
www.nikkansports.com 東京2020パラリンピック 2021年8月27日
そして愛さんの料理に対する姿勢もやはりいい感じで力が抜けていて素敵です。
そんなおおらかな印象の愛さんですが、国枝慎吾さんの食事への対応に不満もあるようです。
実は国枝慎吾さん好き嫌いなく何でも食べてくれますが、「美味しい」の言葉だったり食事を写真でとったりすることはないそうで、日夜愛情をこめて手の込んだ食事を作っている愛さんにとってはなんとも手ごたえがないし、やりがいへのモチベーションも下がってきてしまいます。
そのことがきっかけで「SNSに料理の写真を上げて褒めてもらおう!」と料理写真の掲載をはじめました。
《国枝慎吾》「俺は最強だ!!」トップを走り続けることを支えた魔法の言葉
国枝慎吾さんが世界ランキング1位になったのは2006年10月でした。それから20年近く車いすテニス界のトップを走り続けました。
それを支え続けた魔法の言葉「俺は最強だ!!」
その言葉はオーストラリア人のメンタルトレーナー、アン・クインさんから伝えられた言葉でした。
初めてクインさんに会った時、国枝慎吾さんは自分は世界一になれると思うか?とクインさんに聞きました。クインさんは国枝さんに「あなたはそう思うのか?」と問い返えします。国枝さんは「そうなりたいです。」と答えました。
この答えに対してクインさんは
「『なりたい』ではなく、『なる』と毎日言いなさい」
と伝えました。
そして国枝慎吾さんを食堂へ案内し、皆の前で「俺は最強だ!!」と叫ばせました。
そして毎日鏡の前で「俺は最強だ!!」と言い続けるよう指示しました。
この時国枝慎吾さんは世界ランキング10位に入るか入らないかの選手でしたが、それから10か月後、国枝さんは世界ランキング1位に上り詰めました。
国枝慎吾さんはこの言葉を言い始めてから試合に集中しやすくなり、心が強くなった事で練習もさらに強い強度で取り組むようになったそうです。
そして弱気になりそうになった時思い出せるよう白いテープに「俺は最強だ!」と書いてラケットの内側に張っていたそうです。
自分自身に毎日言い聞かせる事で、自分を奮い立たせ、迷いを振り切る事が出来たのでしょうね。
《国枝慎吾》共生社会のためではなく、スポーツとして普及させたい
「僕は、パラリンピックはスポーツとしての魅力にこだわりたい。そうすることで、人々の考え方を変え、『障害のある人たちでもここまでできるんだ』とか『うわ、すごいな』と思うようになる。共生社会とか多様性とか、そんなことばがいらなくなることが一番の理想。世界がもっとシンプルに、競技を楽しめるようなパラリンピックになってほしい」
www3.nhk.or.jp 2023年1月22日
国枝慎吾さんの目指した車いすテニスの姿は、「共生社会、多様性」というところではなく、純粋にただのスポーツとして楽しめる競技になること、国枝慎吾さんはずっと車いすテニスの魅力を伝える為、その為に強くなっていきました。
国枝慎吾さんは取材に対して常に「人々を熱狂させたい」と繰り返してきました。
素晴らしい記録を打ち立て、最強のまま引退を決めた国枝慎吾さん。
その熱い試合風景とすさまじい記録は多くの車いすユーザーにスポーツの、車いすテニスの楽しさを伝え、多くの人にスポーツとしての車いすテニスの魅力を伝えたのではないでしょうか?
《国枝慎吾》車いすプロテニスプレイヤー、驚異の成績!選手生活を支えた愛妻料理 まとめ
国枝慎吾さんは2023年1月22日に引退されましたが、その競技成績は素晴らしいものでした。
4大テニス大会(全豪オープン、全仏オープン、ウィンブルドン、全米オープン)で男子車いすテニス文門で最多となる計50回の優勝をおさめ、パラリンピックでは男子シングルス、ダブルス合わせて4つの金メダルと2つの銅メダルを獲得しています。
またパラスポーツ選手として初めて2023年3月17日国民栄誉賞を授与しました。
国枝慎吾さんは9歳で脊髄腫瘍を発症し、その後遺症で下半身不随となり車いすユーザーとなりました。
妻は大学の同級生の愛さん。愛さんは「アスリート・フード・マイスター」の資格をもっています。2004年のアテネパラリンピックからずっと国枝慎吾さんに寄り添ってこられました。
最強のまま引退を決めた国枝慎吾さん。
国枝慎吾さんを見て、車いすテニスに興味をもち、国枝慎吾さんにあこがれてを車いすテニスを始めた次の車いすアスリートたちの今後が楽しみです。


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