【エルマー・マッカーディ】65年間アメリカ各地で興行していたミイラ

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投稿日:2023年11月1日 | 最終更新日:2023年11月1日

【エルマー・マッカーディ】65年間アメリカ各地で興行していたミイラ 映画にも出演!

1933年には映画『ナルコティック!』の宣伝の為に映画監督のドウェイン・エスパーが巡回犯罪博物館を一時的に取得しました。エルマー・マッカーディの遺体は今度は “dead dope fiend(死んだ麻薬狂)”と銘うって劇場のロビーに置かれることになりました。その頃にはエルマー・マッカーディの遺体はミイラ化し皮膚は硬化ししわが寄り縮んでしまっていたため、映画監督エスパーは麻薬中毒者の薬物乱用の証拠だと思い込んでいたようです。

1949年にエルマー・マッカーディの遺体の所有者であったルイ・ソニーが亡くなり、その後はマッカーディの遺体はロサンゼルスの倉庫へ保管されていましたが、1964年にソニーの息子ダンにより映画監督のデヴィッド・F・フリードマンに貸し出され1967年の映画『シー・フリーク』で出演しています。

その後1968年にソニーの息子ダンはエルマー・マッカーディの遺体をその他の蝋人形と一緒にハリウッド蝋人形館の所有者スプーニー・シンに1万ドルで売却します。

ハリウッド蝋人形館所有者シンはラシュモア山の展示会で展示を行っていたカナダ人男性二人の為に蝋人形を含むマッカーディの遺体を購入したのですが、ラシュモア山で展示されている間の暴風雨でマー・マッカーディの遺体は耳と手足の指が損傷し欠損しました。

このカナダ人男性たちは展示後マッカーディの遺体をハリウッド蝋人形館所有者シンに返却しましたが、マッカーディの遺体の状態が酷く生き生きしていない為、蝋人形館に展示する状態ではないと判断したハリウッド蝋人形館所有者シンは、カリフォルニア州ロングビーチのパイク遊園地の共同所有者エド・リーシンに売却しました。

そしてついにパイク遊園地にたどり着いたエルマー・マッカーディの遺体は1976年に発見されるまでパイク遊園地のラフ・イン・ザ・ダーク・ファンハウスで吊るされて展示されていました。

【エルマー・マッカーディ】65年間アメリカ各地で興行していたミイラ ついに旅が終わる 埋葬

エルマー・マッカーディの墓 

1977年4月22日、エルマー・マッカーディの遺体はついに安息の時間を迎えました。エルマー・マッカーディの遺体は現在オクラホマ州ガスリーのサミットビュー墓地に埋葬されています。埋葬の際には約300人が墓前礼拝に参列しました。エルマー・マッカーディの墓は遺体が盗まれないように棺の上に60㎝のコンクリートが注がれています。

エルマー・マッカーディの人生はわずか30年程でした。私生児として生まれ、幸せだった時間はあまり多くない人生だったことは想像に難くありません。

しかしまさか本人も死んだ後こんなにも長い時間放浪させられるとは思っていなかったでしょうね。

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