【クラリネット奏者 北村英治】94歳現役!3年でプロ!心筋梗塞を患うも後遺症なし!

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投稿日:2023年7月23日 | 最終更新日:2023年7月23日

【クラリネット奏者 北村英治】音楽愛好家への道

北村家の父、政治郎さんはイタリアでバイオリンを買って娘に音大へ行くように勧める程の音楽好きで、北村家にはクラシックのレコードがたくさんあったようです。

政治郎さん、大正末期から昭和初期にイギリスやらイタリアやら海外を飛び回ってるってことは相当なエリートだったんでしょうね。

北村家のレコードコレクションの中にはあのアメリカスウィング・ジャズの王者ベニー・グッドマンの「Don’t Be That Way」があったそうです。

ベニー・グッドマン 「Don’t Be That Way」

少年、北村英治さんは友達に「ウチにすげえレコードがある」と話したそうです。憲兵に見つからないよう押し入れに蓄音機を持っていき、その友達と汗だくになってベニー・グッドマンの「Don’t Be That Way」を聴いたそうです。

しかし残念ながら1945年5月の東京大空襲で家もレコードも全て消失してしまいました。

【クラリネット奏者 北村英治】大橋巨泉と美空ひばり

大橋巨泉さんはTV創世記の偉大なマルチタレント

北村英治さん、プロになった後、順風満帆というわけにはいきませんでした。実は「キャッツハード」という自分のジャズバンドを組んで活動をしている時、当時のマネージャーに出演料を持ち逃げされる事件が勃発します。

日々の稼ぎは全てバンドメンバーへの出演料返済に充てることになりその結果、生活苦の為安アパートへ引っ越しジャガイモと玉ねぎをかじって過ごした時期があったそうです。

そんな時期、大橋巨泉さんが米と牛肉の佃煮など差し入れてくれたことがあったようです。

実は大橋巨泉さん、当時早稲田大学の学生でしたが銀座の「テネシー」というジャズ喫茶でプロ顔負けの解説と司会をしていました。そこで北村英治さんと知り合われたんでしょうね。

大橋巨泉さんはTVの名司会者として有名ですが、競馬、野球、麻雀の評論などもこなすマルチなタレントさんでした。そんな好奇心旺盛な巨泉さんですが、この学生時代のジャズ喫茶通いでジャズへの造詣も深めていたようです。

昭和26年 昭和の歌姫美空ひばり主演映画『泣きぬれた人形』劇中歌 「庭の千草」

北村英治さん、昭和の歌姫美空ひばりさんとのエピソードもあります。

1957年(昭和32年)に「小野満とシックスブラザーズ」を結成しますが、この小野満さんが美空ひばりさんと親しかったそう。

その縁で美空ひばりさんの公演に同行し、ジャズを歌うときにバックバンドの一員として伴奏していたそうです。

その時の美空ひばりさんの逸話がスゴイ!

占領下の沖縄に行ったとき楽屋で聞いていた洋楽レコードの曲を気に入った美空ひばりさんがその歌を気に入ったからとレコードを持って行ってしまったそう。

その次の日、美空ひばりさんから急遽「あの歌を歌うから伴奏して」と言われバンドメンバーで伴奏したそうです。

演奏後聴いていた米軍将校が「あんなに歌える日本人がいるのか、英語の発音もすばらしい」と大絶賛。

でも実は美空ひばりさん、英語は話せなかったようです。にもかかわらず一晩聞いただけで洋楽を完璧に歌いこなしたという、なんとも豪快なエピソードがあったそうです。相当耳が良い方だったんでしょうね。

美空ひばりさんスゴイ人だったんだなぁ…。

【クラリネット奏者 北村英治】急性心筋梗塞からの復活

北村英治さんは2012年83歳の時に急性心筋梗塞の発作に襲われています。

都内の事務所で突然血の気が引いて顔が真っ白になったそうです。近くにいたマネージャーに背中を圧してもらったら少し楽になったものの病院に連絡し医師に症状を話したところ「すぐに救急車で病院にきてください」と言われたそう。

実はそれは心筋梗塞の症状で、病院へ到着するとすぐに血管カテーテル手術になったといいます。

到着した日に詰まっていた冠動脈(心臓を栄養する心臓の周りに張り付いている細い血管)の2か所を針金でこじ開けステントというカバーを入れて血管の詰まりを解消。さらに1週間後に別の細くなっていた冠動脈にもステントをいれ拡張し、現在心臓の冠動脈には合計3つのステントが入っているそうです。

ステントを入れ退院した後は血の巡りが良くなって演奏中に疲れなくなったそう。特に後遺症もなく94歳の現在まで精力的に活動を続けていらっしゃいます。

北村英治さん、救急車に乗り込む際にもクラリネットを持ち込み救急隊員から叱られたそうです。でも結局入院中は音が出せず竹箒でよかったとの事。クラリネット状の何かを触っていないと落ち着かないようです。

大学の頃から83歳まで毎日触れてきたクラリネット。日常の一部にクラリネットが収まってしまっているのでしょうね。

【クラリネット奏者 北村英治】まとめ

  • 北村英治さんは2023年に94歳になる現在でも現役のまま活動をされているプロのクラリネット演奏家です。
  • 子どもの頃から父親の影響で音楽に親しんでいましたが、クラリネットを始めたのは大学生になってからです。クラリネットを始めて3年で北村英治さんはプロの演奏家になりました。
  • そして北村英治さんの父親は世界初の無線電話機を作ったうちの一人でした。
  • 2012年83歳の時急性心筋梗塞で救急搬送されるも心臓の冠状動脈梗塞部へステントを入れる事で無事復活されました。

現在もライブハウス等で積極的に活動されている北村英治さん。ぜひ100歳を超えてもなおご健在のままプロのクラリネット奏者としてその演奏を聴かせてほしいです。

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