【中華航空140便墜落事故】パイロットエラー?コンピュータと人間の衝突?3歳生存者

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投稿日:2023年8月14日 | 最終更新日:2023年8月14日

子どもの泣き声が!!3歳の生存者

大破した瓦礫の下から力強く響く希望の泣き声

名古屋空港は航空自衛隊小牧基地が隣接しています。

中華航空140便の墜落事故の際は当時基地に居た自衛官が救助活動・事故処理にかかわっています。

3歳の生存者を救出したのも航空自衛隊所属の隊員でした。

中華航空140便墜落事故発生直後の現場の様子は自衛隊隊員でも衝撃的だったようです。

「初めて見る光景で、ちょっと足がすくんだのを覚えています」

「人の気配が全くなかったんですよ。立ち歩いてる人とかそういう人たちは全くいなくて」

メ~テレHP(www.nagoyatv.co)2023.4.26

そんな凄惨な現場で大破し、瓦礫となった機体の下から子どもの泣き声が聞こえてきたそうです。

上にかぶさる重い機体の瓦礫を7~8人で持ち上げ子どもの泣き声が聞こえる場所まで入り、痛くならないように全部包むように抱いてそのまま救急車で病院まで連れていかれたそうです。

地獄のような空間で聞こえてきた力強い泣き声は救助者にとっても希望の光だったでしょうね。

懸命な治療 重態からの生還

救出された3歳の男の子は脾臓破裂など内臓に大きな損傷を受け、足を骨折していました。

大人になった今でも当時の酷い傷は体に残っています

3歳の子どもが飛行機事故から生存できた事に対して当時外科部長として治療担当をしていた医師はこう語っています。

「たぶんお母さんがヒロ君をきっと『何とか…』と支えてくれたもんだから、いろいろと多発外傷はありましたけども、あの命があったっていうようなところも、やっぱりありますよね。これは何としても助けたいっていう気持ちがもちろん強かったですね。

メ~テレHP(www.nagoyatv.co)2023.4.26

残念ながらお母様はこの事故で命を落とされています。

中華航空140便墜落事故で生存された方は皆、機体前方部のシートに座ってみえました。この事故では尾翼部分から墜落した事も関係しているのかもしれません。

生存者の座席位置 aviation-safety.netより引用

当初の2週間外科部長は自宅にもほぼ帰らず24時間つきっきりで治療されていたようです。その様子から、やはり3歳の子どもが生きるか死ぬかの瀬戸際を闘ってきたことが伝わります。

入院から3か月、無事治療を終え退院できた3歳の子どもは、現在では無事成長し結婚され子を持つ父親になっています。

結婚式には治療してくれた外科部長も参列されたようです。

【中華航空140便墜落事故】パイロットエラー?コンピュータと人間の衝突?3歳生存者 まとめ

1994年(平成6年)4月26日 午後8時15分に発生した中華航空140便墜落事故。

パイロットのヒューマンエラーと、航空機のシステムの不備、航空機製造企業と航空会社のトラブルへの危機意識の低さが複合的に合わさり起こってしまった事故でした。

そして搭乗者271名中7人しか生存できなかった凄惨な事故でした。

事故から20年以上の時間が経ち、3歳の子どもは大人になり救出した自衛隊員と再会を果たします。

再会した時、自衛隊員の方は大泣きしたそうです。

「生きていてよかった、生きてたぁ・・・!

人間の生きている気配のない地獄のような事故現場で大声で泣いていてくれた3歳の子どもは、その悲惨な状況に立ち会わざるを得なかった大人達にとっても本当に大きな希望であり救いだったのでしょうね。

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