【アトランタ五輪爆破テロ】リチャード・ジュエル英雄から容疑者になった男

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投稿日:2023年8月23日 | 最終更新日:2023年8月23日

【アトランタ五輪爆破テロ】エリック・ルドルフ 白人至上主義者、マリファナ使用により米軍除隊 どんな人物だったのか?

エリック・ルドルフ
  • フルネーム:エリック・ロバート・ルドルフ
  • 生年月日:1966年9月19日
  • 職業:大工・屋根職人・便利屋
  • 犯行履歴:オリンピック記念公園爆破事件、中絶クリニック爆破事件(2件)、レズビアンナイトクラブ爆破
  • 2003年5月31日に逮捕され、仮釈放なしの終身刑に処される

2016年10月にリチャード・ジュエルさんの関与が完全否定された後、FBIは他に容疑者を見つけられていませんでした。

捜査は1997年初めまで進展は見られませんでしたが、アトランタの中絶クリニックとレズビアンナイトクラブの爆破事件が発生しその爆弾の作り方がオリンピック記念公園で使用されたものと類似していたことから同一犯であると捜査当局は結論付けます。

その後アラバマ州の中絶クリニックが爆破されますが、そこでナンバープレートと顔を目撃されたことからようやくFBIはエリック・ルドルフを容疑者として特定しました。

FBIはエリック・ルドルフを1998年に爆破テロ事件の容疑者として指名手配しますが、逮捕に直接つながる情報提供に対して100万ドル(レート100円/ドルなら1億円!)の懸賞金をかけていました。

エリック・ルドルフは逮捕されるまでの5年以上をアパラチアのナンタハラ国有林でドングリやサンショウウオを食べ、民家から野菜などを盗みながら逃亡生活をしていました。

真犯人エリック・ルドルフの経歴はどんなものだったのでしょうか?

エリック・ルドルフは15歳の時父を亡くしています。父を亡くした後生まれた地から引っ越し、転校しますがその年で学校は中退し兄のダニエルと一緒に大工として働いていました。

18歳の時にはイスラエル教会のクリスチャンアイデンティティ施設で母親と過ごしています。

その後アメリカ陸軍に入隊しますが1989年23歳の時、マリファナを使用した為に除隊しています。そして爆破テロを起こす前の数年間には複数の白人至上主義団体に参加していました。

【アトランタ五輪爆破テロ】エリック・ルドルフ オリンピック記念公園爆破の動機は?

エリック・ルドルフは2005年4月の法廷でオリンピック記念公園の爆破の理由を述べています。

「オリンピック記念公園の爆破はアメリカ政府が患者希望による中絶を容認しているという忌まわしい事実に対して、爆弾テロを行う事によって世界の注目を集め、怒らせ、アメリカ政府に恥をかかせることにあった。

計画としては爆破テロにより競技を中止させるか、治安を悪化させることで会場周辺への観客動員をゼロにして競技に投じられた莫大な資金が無駄なることを画策していた。」

エリック・ルドルフはアメリカ政府が患者希望の人工中絶手術を容認している事への抗議としてオリンピック記念公園の爆破テロを行いました。

自身の犯したテロリズムは中絶反対反同性愛の大義に奉仕するものとして行ったものであると説明しています。

エリック・ルドルフは司法取引として逃亡生活を送っていたノースカロライナ州の森林に隠していた110kgのダイナマイトの場所を教える事で死刑を免れています。

エリック・ルドルフの家族はルドルフが逃亡している間、彼の無実を信じていました。兄ダニエルは自身の左手を電動のこぎりで切断する姿(※その後外科医により再接着手術済み)をビデオ撮影しFBIとメディアに抗議していました。

【アトランタ五輪爆破テロ】リチャード・ジュエル英雄から容疑者になった男 おわりに

エリック・ルドルフは自らの犯罪を反省することなく、法廷での陳述では「中絶に協力するクリニックに対するテロリズムは”道徳的義務である”」と述べています。

そして「私は生涯のすべてを刑務所の独房の中で過ごしますが『私は善戦し、自分のなすべき道を歩み切り、自分の中の信仰を守った』ことを知っています。」と語りました。

リチャード・ジュエルさんはエリック・ルドルフの信仰を独自解釈独善的で身勝手なテロ行為から多くの人命を救いました。

しかし捜査本部の偏った認識とメディア特有の野次馬根性から、ジュエルさんは受ける必要のなかった異常な数の名誉棄損とバッシングを受ける事になってしまいました。

リチャード・ジュエルさんは容疑者から外された後、NBC ニュース、アトランタ・ジャーナル・コンスティテューション、CNN、ニューヨーク・ポスト、ピードモント大学に対して名誉毀損訴訟を起こしました。

この中でアトランタ・ジャーナル・コンスティテューション以外とは和解し、和解金を受け取っています。

アトランタ・ジャーナル・コンスティテューションに対しては同紙の「FBI、『英雄』警備員が爆弾を仕掛けた可能性を疑う」という見出しが報道機関による過剰取材の契機になったことを理由に訴訟していますが、係争は数年におよびました。

結審はジュエルさんの死後になりましたが、残念ながら裁判所は

「記事全体が掲載された時点でたとえ捜査官達の疑惑が最終的に根拠がないとみなされたとしても実質的に真実であるため、名誉毀損訴訟の基礎を形成することはできない」

Wikipedia Richard_Jewell

名誉棄損として成り立たないとの結論を下しました。

ジュエルさんは訴訟について和解金ではなく自分自身の評価を証明することに焦点を当てていました。得られた和解金の大部分は弁護士費用と税金に充てられました。

オリンピック記念公園爆破事件でのリチャード・ジュエルさんの災難について、クリント・イーストウッドが監督・製作をした映画『リチャード・ジュエル』が2019年12月に公開されています。

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