【筧千佐子】青酸連続殺人事件 動機は?
筧千佐子は福岡県北九州市(旧八幡市)で育ちました。
筧千佐子が21歳の時、7歳年上の最初の夫A氏と出会い交際が始まります。A氏が農協主催の旅行で鹿児島・桜島へ来ていた時、同じく旅行に来ていた千佐子に声をかけたことがきっかけでした。二人の結婚は双方の親から反対されていましたが、若さゆえに反対されるほどに盛り上がりついには反対を押し切って結婚します。
この頃はただ純粋に恋愛をしていたのでしょうね。
結婚後は大阪府貝塚市に住み、A氏の実家のみかん農家を手伝っていました。
そしてこの頃からいろいろな「歪み」が出てきたようです。
千佐子は家の近くにあるA氏の「本家」と折り合いが悪かったようで、当時本家の悪口を遠慮なく周囲に言いふらしていたそうです。そしてこの頃から「金遣いが荒かった」と当時を知る人は証言しています。
A氏は1987年、千佐子が40歳頃に衣類のプリントを主体とする印刷会社を立ち上げました。
それから7年後の1994年、千佐子が48歳の時A氏は54歳で亡くなります。
実はA氏が死亡する前から千佐子は会社の運営資金として双方の親族から借金を重ねていました。千佐子は受け取ったA氏の死亡保険金2000万円をそれらの返済に充てています。A氏の死後プリント会社を千佐子は受け継いでいましたがそれから6年後の2001年に廃業し、A氏実家周辺から姿を消しました。
この最初の保険金殺人の成功体験が筧千佐子の人生の転換点だったのでしょうね。
親の反対を押し切るほどに盛り上がって結婚した夫を毒殺するという結末。
夫の「本家」と折り合いが悪かった千佐子。
殺人という手段を選ぶという点では筧千佐子という人物の生来の気質による要因は大きいとは思いますが、21歳で結婚し48歳で毒殺するまでの27年間、農家の嫁として本家からの自分の扱いに対する夫の態度が「保険金を得る為に切り捨てても良い人間」と思いいたるようなものになってしまっていた可能性もあるかもしれません。
そして、その後次々と「パートナーを探す高齢男性」を物色し、容赦なく毒殺している様子には奪い取る価値のある財産を持っているという条件とは別に「高齢男性」に対する不信感と強い蔑視を感じます。筧千佐子にとって彼らはただの「カネ」を持った、生活の世話をすることを匂わせれば簡単に騙される馬鹿なカモとしか映っていなかったのでしょうね。
筧千佐子が27年間に年配男性に対するそういった感情を育ててきたとするならば、その過程には「本家の男性」「夫」の影響もあったのかもしれません。
【筧千佐子】青酸連続殺人事件 なぜ大金が必要だったのか?その真相は?
筧千佐子は会社の運営資金として親族から資金を集めていましたが、親族から何に使ったのかの質問があっても決して答えなかったそうです。
A氏と結婚していた時期については筧千佐子自身「とにかくカネには苦労した」と発言しています。そして「大金を稼いで見返したかった」とも。
最初の夫A氏は本家の次男の経営している運送会社に勤めていました。そのころに二人は出会っていますが、本家次男の会社は給料が安かった為A氏はプリント会社を立ち上げたのだと筧千佐子は語っています。
そして「カネ」を増やすため千佐子は銀行員だった頃の知識を生かし1990年頃から株式投資を始めます。
しかしこの「カネを増やすため」の株式投資こそが逆に大金が「必要」になる原因だったのです。
なぜ株式投資が「大金を手に入れなくてはならない」原因となったのでしょうか?
【筧千佐子】青酸連続殺人事件 人生転落の原因!先物取引
1990年頃、千佐子はかつて銀行員だった経験を生かし「カネ」を増やすべく株式投資をはじめました。
1990年といえばバブル景気真っ只中の時期です。その頃株式の値は高騰していました。当初千佐子も数百万は稼げていたそうです。
しかしその後、先物取引などのリスクの高い金融商品に手を出しはじめた結果「カネを増やす」どころか逆に時によっては数千万円の借金を背負うようになってしまいました。
最初の夫が亡くなった1994年はバブル経済が崩壊し、現在まで続く不景気が始まったころです。時代背景を考えると、その時期に高リスクな商品に手を出したのはある意味運が悪かったのかもしれません。
そして千佐子は当初作った借金を夫の死亡保険金で補填します。それからはずっと株式投資で失敗、殺人で手に入れた資産で補填する、を繰り返し繰り返し行ってきたのです。
千佐子は8億円以上の遺産を得ていたと言われてますが、結局それらはほぼ借金の返済に充てられ、常に金銭的には余裕のない生活を送っていました。
借金返済のために次から次へと切れ間なく男性を魅了して、命を奪い財産を奪ってきた筧千佐子。
彼女の何が被害者たちを惹きつけてしまったのでしょうか?


コメント