1998年 運送会社への浮貸し
1997年秋、岡藤輝光は金融機関の貸し渋りにより資金繰りに苦しむ運送会社から融資の相談を受けます。
この会社も審査をしてみると貸付要件を満たしていませんでした。
しかし1996年にすでに「浮貸し」の成功体験をしている岡藤輝光は、今回も「浮貸し」を行ってしまいます。
「新しく販売される特別な定期預金に預金を移しませんか?」と騙して、老夫妻に定期預金の解約をさせ、その資金から2500万円を運送業者へ「浮貸し」します。
前回の建設業者は返済期限までに資金返済ができましたが、運送会社は約束期日までに貸付資金2500万円を返済することはできませんでした。
《エリート銀行行員顧客殺人事件》岡藤輝光と老夫婦の関係はどういったものだったのか?
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老夫婦の資金はどのようなものだったのか
被害にあわれた老夫婦。夫は網膜色素変性症を患っており、幼少期から視力が弱く、数年で失明する可能性が高いと診断されていました。そのため自活する為マッサージ師への道へ進み、結婚後指圧院を開業しました。
また妻は小学生の頃の怪我を経済的な理由で治療できず、脊椎に何等かの障がいを負っていたとのこと。裁縫の仕事をされていたようです。
ご夫婦は結婚後東京台東区内に13坪の自宅を購入します。
そしてお子さんが自立した後この台東区の家を売却しますがバブル好景気真っただ中の1988年、売却金額は1億円程になりました。
その売却して得た資金で埼玉県宮代台町へ家を購入し、残ったお金を富士銀行春日部支店へ預けていました。
岡藤輝光は10年間ずっと老夫婦の担当だったのか?
岡藤輝光を調べていると10年間ずっと老夫婦の担当を務めており、老夫婦と長年懇意にしていたというような記事が多くWikipediaにもそのようにとれる記載がありますが、どうも違うようです。
富士銀行からの情報では
岡藤輝光は平成元年(1989年)4月に入行し、竹の塚支店(東京)、福岡県の門司支店、北九州支店に赴任し平成8年(1996年)4月から春日部支店に配属されています。
老夫婦は1988年に東京の家を売却し、埼玉に家を購入し残った資産を春日部支店へ預けています。
つまり岡藤輝光が老夫婦の担当になったのは1996年以降になり担当になってすぐに岡藤輝光は老夫婦の預金を建設業者に浮貸ししていたことになります。
では老夫婦と10年の付き合いとの記事はなぜできたのでしょうか?
老夫婦と春日部支店とのつながり
老夫婦と長年付き合いがあり、老夫婦の信頼を受けていたのは誰だったのでしょうか?
埼玉県へ引っ越した後も夫は指圧院を経営していたのですが、そこの常連客に富士銀行春日部支店の行員がいました。
その行員は老夫婦の前担当者でした。
この前任者こそが老夫婦に寄り添い、信頼を勝ち得ていた人物でした。
前任者は肢体が不自由なご夫婦の買い物に同伴したり、度々店に顔を出すなどしていたようです。この人物が老夫婦からの厚い信頼を得ていたことは想像に難くありません。
そして前任者の印象はそのまま富士銀行への信頼に、後任の岡藤輝光への信用につながってしまったのではないでしょうか?
そして皮肉なことに老夫婦の遺体を発見したのは老夫婦宅に訪れたこの前任者でした。
《エリート銀行行員顧客殺人事件》岡藤輝光 死刑求刑、判決は無期懲役
岡藤輝光の犯行はただただ自己保身的で非情なものでした。
老夫婦の妻は夫の目の前で絞殺されています。
しかし夫は盲目ゆえに何が行われているかもわからず、絞殺ゆえに妻は声も出せず。そして妻を殺害した後岡藤輝光は夫を絞殺しています。
また、岡藤輝光は証拠隠滅の為にガスの元栓を空け放火しようとしたり、強盗の犯行に見せかけるために室内を荒らしたりしています。
この非情な犯行に対し検察は死刑を求刑しますが、判決は無期懲役となっています。無期懲役とした理由として以下を上げています。
- 債務を免れる意図について、利欲性はそれほど高いものではなく一攫千金を狙った強盗殺人などと同列には語れない
- 犯行は計画的であったが周到ではなく、ためらいも感じていた
- 犯行の模倣性・伝播性は決して大きいとは言えない
- 被告人に反省の態度が見られ、前科前歴がない
- 富士銀行が遺族に相当高額の金品を支払う調停が成立している
裁判では一審で無期懲役判決で検察側はこれを不服として控訴しましたが、二審が棄却しその後検察が上告を行わなかったため、無期懲役で刑は確定しました。
富士銀行から遺族へ損害賠償として相当額(5000万円以上)を支払った事で死刑を免れたとの意見もみられます。
《エリート銀行行員顧客殺人事件》岡藤輝光 2017年にアンビリバボーでも取り上げられていた
この事件は2017年9月14日に放映された「奇跡体験!アンビリバボー」でもとりあげられています。
当時の映像資料など探してみましたが、現在ネット上で見られるものは確認できませんでした。
《エリート銀行行員顧客殺人事件》岡藤輝光 まとめ
銀行行員顧客殺人事件とは富士銀行(現みずほ銀行)の行員岡藤輝光よる、富士銀行の10年来の顧客夫婦を殺害した事件でした。
岡藤輝光は融資資格を持たない業者に行った安易な口約束を守る為に、部署移動により新たに担当となった老夫婦の貯金を不法に引き下ろし融資の資金源としていました。
秘密裏に行うはずだった業者に対する不正融資は資金の焦げ付きという結果となり、岡藤輝光は身体的弱者であった老夫婦の殺害という最悪の手段で不正の事実を隠蔽しようとしました。
刑事裁判の結果、検察側は死刑を求刑していましたが「強盗殺人にはあたらない」等の理由から無期懲役の判決となりました。
岡藤輝光は逮捕後「両親の期待を裏切りたくなかった」と語っていたようです。また運送会社でかつて働いていた父の姿と融資資格のない運送業者社長の姿が重なってしまったゆえに見捨てられなかったのではとの意見もあるようです。
岡藤輝光は1966年に結婚し、同年12月に長男が生まれています。この年にはすでに一回目の浮貸しを行っています。そして1998年11月に次男が誕生していますが、つまり妻の妊娠中に老夫婦の殺害を計画し実行したという事になります。
岡藤輝光の人柄について「男気にあふれ人情深いラガーマン」「人当たりは良かった」「安請け合いをしがちで忘れっぽく、場当たり的でルーズな面がある」などありましたがつまり、
表面上は「人情深く」「人当たりの良い」姿で融資を希望する業者に対応していましたが、本来的には「安請け合いしがち、場当たり的でルースである」という部分で手を出すはずのない「浮貸し」をしてしまった。そのような図が見えてきます。
彼の行いは常に身勝手な自己保身です。
「期待を裏切りたくなかった」ならば不正行為は行いません。
結婚し、子どもが生まれる年に不正を行う。新たな子どもが生まれる事がわかっているのに殺人を犯す。
そこにあるのはどこまでも自分勝手な自己保身、それ以外を感じることができないのです。
彼は本当なら父親として子ども達に見せてやるべき背中があったはずです。しかし実際に彼が行ったことは自分の子ども達に一生消える事のない呪いをかけることと同等の所業です。
岡藤輝光は2023年現在57歳です。現在も服役中であると思われます。岡藤輝光は勤務態度自体は真面目で欠勤もなかったとありますが、判決文の中にあるように自分の犯した罪に対しての反省のた気持ちがあるならば、模範囚となっているかもしれません。
死刑にはなりませんでした。しかし彼の人生には一体何が残っているのでしょうか?
たかが自己保身のための行為は被害も代償もあまりにも大きい物になってしまったのではないでしょうか。
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