【15歳の美少女モデル失踪殺害事件】羨望に憑りつかれた友人「彼女になりたかった」

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投稿日:2023年8月16日 | 最終更新日:2023年8月16日

【15歳の美少女モデル失踪殺害事件】捜査と逮捕

1999年3月1日レイチェルさんが帰宅しなかったので家族は警察に行方不明届を出していました。レイチェルさんはキャロラインの指示通り”心理調査”の事を誰にも話していなかったので当初は手掛かりがなかったようです。

捜査当局はレイチェルさんの失踪当日の足取りを追いました。

レイチェルさんはキャロラインのアパートへ行くとき、キャロラインと一緒に電車にのって移動していました。そしてその移動している様子を目撃した人たちがいました。

彼らは”美しく魅力的な女の子””地味な見た目の女性”が一緒にいたことを覚えていました。

そしてバーバー家の電話履歴にキャロラインの名前があったこと、キャロラインが急に多額のローンを組んだ事などから捜査当局はキャロラインに関心を持っていきました。

1999年3月12日、捜査当局はキャロラインのアパートに訪れます。

そこにあったのは寝室の床で意識を失い倒れているキャロラインの姿でした。

キャロライン・リード・ロバートソンは実は”てんかん”を患っていました。その時の意識喪失は殺人とその後のいろいろなストレスによりてんかん発作が引き起こされたのではと考えられているようです。

結局キャロライン・リード・ロバートソンは1999年3月13日レイチェル・バーバーさんを殺害したことを認め拘留されました。

キャロラインの部屋の中からは犯行の詳細を書き記した日記と2通の申請書が発見されました。

一つは1万ドルの銀行融資の申請書

もう一つは”レイチェル・バーバー”名での出生証明書の申請書

でした。その二つの申請書からキャロラインはその資金をもって逃走し”レイチェル・バーバー”の名前で別の場所で暮らす事を企図していたのではと捜査当局は考えています。

【15歳の美少女モデル失踪殺害事件】キャロライン・リード・ロバートソン 裁判と投獄

キャロラインは裁判の尋問には一切答えなかったようですが、結審の際には自分自身を不幸で友達もいない「何者でもない人間」であり、自分ではないより良い『誰か』になりたかったと述べ有罪を認めました。

レイチェルさんはキャロラインにとって彼女がなりたかった”誰か”の具現化した姿でした。

2000年10月キャロライン・リード・ロバートソンに懲役20年の判決が下りました。

この裁判の検察官は

”レイチェルさんの魅力や人気と彼女の成功に対してのキャロラインの執着と嫉妬

が殺害の動機だったと主張しています。キャロライン・リード・ロバートソンは対象者へ異常な執着心を示していたことから”人格障害”と診断されています。

レイチェルさんの名前で出生証明を申請していたキャロラインですが、彼女はレイチェルさんになる事をイメージして”魔法のように自己改革”しようとしたのではと法医学精神科医の一人は考察しています。

【15歳の美少女モデル失踪殺害事件】キャロライン・リード・ロバートソン 驚愕の釈放後の姿

キャロライン・リード・ロバートソンは2013年に一度仮釈放の対象となりましたが、レイチェルさんの両親からの訴えにより仮釈放は一度延期されています。

その後2015年1月、懲役15年の時点でキャロラインは釈放されました。

レイチェル・バーバーさんの母親はキャロライン・リード・ロバートソンの釈放時の姿を見たとき驚きをかくせませんでした。

小太りだったキャロラインの姿はほっそりとし劇的に変わっていたのです。そしてその姿に娘レイチェルの面影がある事に驚愕しました。

レイチェルの母は出所後のキャロラインの、特に目元がまるでレイチェルの様感じられたといいます。

【15歳の美少女モデル失踪殺害事件】羨望に憑りつかれた友人「彼女になりたかった」 おわりに

キャロラインは自分の犯した犯罪についての反省や後悔の念を一度も表明したことがないと言います。

バーバー家はキャロラインが己の犯した犯罪に対しての反省や後悔がないならばキャロラインからの話は聞きたくないと思っていますが、それでもレイチェルさんの父親は釈放後キャロラインが嫌がらせを受けることをまったく望んでいないと言い、祖母はキャロラインが地域社会へ何らかを還元してくれることを希望していると言っていたとレイチェルさんの母はインタビューで答えています。

そしてレイチェルさんの母親自身はキャロラインが再犯しないことを望んでいます。

出所後別人のようになっていたキャロライン・リード・ロバートソン。その”変身”を手に入れる為にはなり替わる為の人物の死が必要だったのでしょうか?レイチェルさんに成り代わりたい、レイチェルさんはいなくなったから自分が成り代われると信じたからこそ、レイチェルさんの母親が驚愕するほどに”レイチェル・バーバー”の立ち居振る舞いが身についたのでしょうか?

『変身』するチカラがあったのならば誰の犠牲もなく”嫌いな自分自身ではない誰か”になる事も可能だったのではないではいかと思うとなんともいえない気持ちになります。

この事件を題材として2009年 「In Her Ski」という映画も作成されています。

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